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秋山グループ

「生物の形づくりの研究」になぜ「数学」が必要なのか|こんにちは、北海道大学の秋山正和と申します。私は本新学術領域で数学的な観点から生物の形づくりの研究を行っています。

数学の目的

 まず、そもそも皆さんは「数学」と聞くと、「難しそう」、「式が一杯でてきてよくわからない」、「役に立たない」等とお考えでしょう。無論、小・中・高と数学を学習する中で、数学の授業はそのように揶揄される原因を作っているとは思いますが、ここではそんな「数学」が「生物を知る」上で大いに役立つということを知って頂きたく思います。数学は代数・幾何・解析等様々な分野に分かれています。それぞれ目指すところは違うのですが、共通の概念としては「曖昧なものや対象を数量・抽象化してその関係性について成り立つことを探求する」という目的があります。
 例えば小学校で「りんご3個とみかん4個を足すと合わせて何個?」という問題が出題されます。「7個」が正解です。しかし、当たり前ですが「りんご」と「みかん」は本来別物で足すことができません。この問題は当然「りんご」と「みかん」というものを「果物」という一つのカテゴリーで分類した場合に限り、その種類に関係なく足すことができるので、「7個」という答えが導き出せたのです。このように本来は「違うもの」でも「数量化する」という抽象化の手続きをとることで「同じもの」として扱えるようにする事が数学を導入する一つの目的です。

数学的に問題を定式化する意義

上記の例は最初から「りんご3個とみかん4個を足すと合わせて何個?」という問題が与えられていました。一方で我々が取り組んでいるテーマ「3次元における生物の形づくり」では問題が最初から与えられたわけではありませんでした。
ん?。。。“問題が最初から与えられたわけではない”ってどういうこと?と思われた方もいるでしょう。ここでは段階を追って説明していきたいと思います。

形を数量で表すこと

図1を見てください。そしてこの中から「丸い形をした物を選んでください」と言われたらあなたはどれを選びますか?

図1

丸さの感じ方は人それぞれですので、どれを選んでも間違いではありません。しかしながら、形を探求する上で、この曖昧性は邪魔です。そこで「どの程度曲がっているか」などのように、形を数量化して表現する必要があります。例えば「2次元平面上で曲率※1が一定の集合」とすれば図1では(a)しか該当しません。
(曲率※1(きょくりつ)とは曲線や曲面の“曲がり具合”を表す量です。例えば、半径rの円周の曲率は どこでも1/rです。曲がり具合がきついほど曲率は大きくなります。)
図2 曲率と形がどのような関係にあるかを幾つかの例を挙げて説明します。図2の(a)のグラフを見てください。横軸は曲線に沿った角度(θ:シータ)、縦軸は曲率を示しています。このグラフでは角度が変化しても曲率が変化していません。従って、どこでも曲率が一定であるということになります。従ってこの時「曲率からできる形」は必ず円になることがわかります。
 次に図2の(b)のグラフを見てください。曲率が角度ごとに異なった値を持っています。さらによく見ると90°と270°で値が大きくなっていることもわかります。一方「曲率からできる形」は縦に長い楕円になっています。縦に長い楕円は90°と270°で曲がり具合が急になることから、曲率がこのようなピークを持つことが容易に理解できます。

図3 最後に図2の(c)ですが、「曲率からできる形」を先に見てみましょう。すると横に長い楕円となっています。横に長い楕円と縦に長い楕円は90°の回転操作で合同な図形ですので曲率のグラフも縦に長い楕円の曲率のグラフを90°分だけθ軸、つまり、横軸方向に平行移動したものとなるべきです。図3はその様子を表したイラストですが、確かにグラフをみればわかるように、この事実が成り立っていることがわかるでしょう。
 この様に、形を曲率という量で表すことで、曖昧さがなくなるばかりか、形の特徴をグラフから読み取ることができます。実際の生物の形は3Dで、この例のような2D上の曲率では表現しきれないものもあります。それでも取り組むべき問題を明瞭化するためには欠かせない手続きです。

曲率の変化として形をみることが大切

ここまでで、生物の形を考える上で、曲率は重要かつ使える道具であること説明しました。先の例では、曲率は一旦決まれば、変化することはありませんでしたが、生物の形は時々刻々と変化し続けるため、このままでは不十分です。従って曲率(χ:カイ)を時間(t)の関数として見るべきです。数学ではこのような時、次のように表現します。

χ(t)

これはこれは「時間tを決めると、その曲率が決まる」ということを表します。(注意:関数の説明を真面目にやると、どんどん深みにはまるので、ここでは深入りしません)。さてχ(t)を決定することが生物の形づくりを理解することにつながりそうだということは何となくわかっていただけたと思います。そうです、これでやっと問題らしい問題を設定することができるのです。つまり

「生物の形を説明するようなχ(t)を決めよ」

という問題です。ただし、この問題はデタラメにχ(t)を見つければ良いわけではなくて、「生物学的に起こりそうなこと」でなければ、確かめようがないため、机上の空論です。それではどのように、このχ(t)を決定すればよいでしょうか?

カブトムシの角の問題

 話が抽象的になりすぎたので、わかりやすい例を挙げてこの問題を解く鍵になる話をします。我々のプロジェクトでは「カブトムシの角がなぜあのような形に出来上がるのか?」に関して真剣に研究しています。

図4カブトムシは土の中で卵〜幼虫〜蛹(サナギ)となりやがて成虫となります。図4のAは蛹期のもので、将来角になる部分の写真です。多数の皺(しわ)を見ることができます。図4のBは成虫の角です。Aの赤点はBの赤点の位置と対応しており紫点も同様です。実は、Aの皺のパターンを膨らますとBの角の形となります。従って、成虫の角の形を考えるためには、蛹期の皺のパターンができる仕組みを考えれば良いことになります。(この詳細は近藤先生のブログお読みください)では蛹期の皺のパターンはどのような仕組みで出来上がるのでしょうか?これは残念ながら今のところ決定的にはわかっていません。ただ、先程の曲率のアイデアが使えるかもしれないのではないかと我々は考えています。なぜそのように考えたか次の問題を見てください。

等周問題と等積?問題

「一定の長さの線で囲むことができる、最大の面積を持つものは何か?」※2
※2この問題はディド女王の問題とも呼ばれ、面白い逸話をがあります。「形の法則―自然界の形とパターン」、Stefan Hildebrandt(著), Anthony Tromba(著), 小川 泰(翻訳), 平田 隆幸(翻訳), 神志那 良雄(翻訳)。p44より)

この問題ですが、何か紐を用意してあれこれ考えているうちに答えは円だということがわかるでしょう。図5は長さ1の紐で囲むことができる、正多角形とその面積を表していますが、辺の数が増えるに従って、面積が大きくなっていくことが簡単な計算からわかります。

ここでディドの問題の内容を逆にしてみて、
「ある一定の面積を囲む図形はどのような形になるか?線の長さは変えてよい」という新しい問題を作ったとしましょう。つまり、ディドの問題は長さが一定で面積を変える問題、新しい問題は面積が一定で、周の長さを変える問題です。
さて、この問題の答えがわかりますか?

図5

図6 実はこの問題は答えが一つに定まりません。それはこのように考えるとわかります。図6の(a)は正方形ですが、真ん中で切ってずらし、足りない所を紐で繋ぐと、周の長さは増えますが、面積は変化しません。(b)では紐でできた円の一部をカットし、そこに面積を変えないように紐を追加します。これらの操作は一般の図形でも可能なので、結局非常に複雑な形でも答えになってしまいます。従って、この問題には答えがたくさんあり、一つに定まらないということになります。そのような訳もあって、数学では等周問題は存在しても、等積問題という問題は存在しません。それでは答えを一つに絞るために、条件を加えましょう。そこで、短い距離の間で紐の曲率が極端に変化することはないとしましょう。つまり、ギザギザした形を許さないという制限を付け加えるということです。どこからが滑らかでどこからがギザギザなのかは曖昧ですので、曲率を使ってその範囲を定めることになります。従って、問題は次のようになります。
「cをある正の数として、曲率χは-c<χ<cとする。この時、一定の面積を囲む線はどのような図形になるか?」です。残念ながら、このように定式化しても、まだ答えは一つに定まらないことが証明できます。このまま答えが一つに定まるまで、議論するのは紙面の無駄ですので、角問題と本問題の関係を先に紹介します。

角問題と等積問題の関係

 図4のAの皺パターンは、角原基(角になる前の細胞群)上に生じたパターンです。角原基は蛹期の初めはツルンとした半球状の形をしていますが、成長に伴って、皺が自発的に作られてあのような皺パターンとなります。角原基は蛹の頭の中にあり、土に出る前に体液が頭の方に送られて膨らみ角の形になります。
 人間もお世話になるCT装置でカブトムシの頭を撮影します。すると、複数の断面の写真を得ることができます。図7(a)はそのような断面写真の一枚に対して、皺パターンを手でなぞり書きしたものです。このパターンは図7(b)のパターンと似ていませんか?この図7(b)は次のようにして作ります。まずガラスに油を垂らして、それをもう一枚のガラスでサンドし、上下から絶妙に力をかけます。すると、油は押しつぶされて拡がりますが、ネバネバしているのでちぎれません。力のかけ方やどのような流体を使うかで、パターンは変わります。この実験の成功の秘訣は挟む力と液体の粘性です、サラサラしていてはダメで、ドロっとした液体でないといけません。液体はサンドされているだけなので、蒸発して消えたりすることもありません。

図7

実は、これが「曲率χは-c<χ<cとする。一定の面積を囲む線はどのような図形になるか?」の答えの候補だと考えられます。なぜならば、液体は当然、表面張力を持ちますので界面がギザギザした形になることが阻害されます。さらに、油の体積は常に一定です。(注意:細かいことを言えば、面積一定と体積一定は違うが、ガラス板の高さが極端に変わらなければ同じ問題として捉えてよいでしょう。)
 さて、角の問題とこのHele-Shaw問題がどのような接点を持つかということですがそれは体積が一定であり、その中にはドロドロとした粘性の高い流体が含まれているということです。実際にはカブトムシ原基は体積が一定ではなく多少変化しますし、原基全体を取り囲む膜のような構造物もあるので、界面(細胞群の境界)が自由に動けるわけではありません。また、ここにあげた要素以外にも、細胞の働き(遺伝子の働き)などの情報を考えねばなりません。もちろん考えたところで、角の問題は生物系の問題でHele-Shaw問題は物理系の問題なので、必ずしも答えが一致するとは限りませんが、登場する要素が同じであれば、答えのロジックも同じである可能性が高く、似通った現象であるという点からよいアプローチ方法ではないかと考えているところです。そこで、現在研究では、形を線で表し、上記のような条件を課した状態で、運動させ3Dでの皺パターンができるかどうか研究を行っています。まだ、これだ!という結果はありませんが、今後のブログで紹介して行ければ良いなと考えています。

最後に

 角の皺パターンは生物が作り出す不思議なパターンではありますが、このように数学的に考えることで、問題の核の部分を絞れます。そして「どこまでが物理的現象でどこからが生物的現象」なのかに関してもわかります。私は生物の問題を一旦客観的にみて、数学的な問題に置き換えてアプローチしていくことも大事なことではないかと考えています。そして、日々数学という古くて新しい道具で生物の形づくりを探求しています。我々のプロジェクトがいつか日の目を見ることを願って、今日もガンバります!


平成27年度〜31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)生物の3D形態を構築するロジック

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