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松本グループ

生体組織は最適構造のお手本:骨と血管

1. はじめに

 地球上に生命が誕生して38億年と言われる。この長い進化の過程を経て、生物は多くの最適性・合目的性を獲得してきた。この中には機械工学に多くの示唆を与える事例も少なくない。本稿では、力学的最適構造の見本として19世紀から知られている骨と、一見ただの管に見えるが、その中にやはり多くの力学的最適性が潜んでいることが、近年明らかにされつつある血管について、筆者らの研究を交えながら解説する。

2. 骨の力学的最適性:Wolffの法則

 腿骨など棒状の骨の関節に近い部分(骨端部)の内部には骨梁(こつりょう)とよばれる微細な梁(はり)構造が存在する(図1)。この構造をよく見ると、互いに平行して走る骨梁が2群あり、これらが互いに直交しているように見える(図2)。
 1866年、ドイツの解剖学者マイヤーは大腿骨の骨梁走行に関する研究を発表した。この時、聴衆の中にスイスの工学者カルマンがいた。彼は構造最適化を研究しており、垂直な柱の上端の中心からずれた領域に等分布荷重が加わるクレーンの最適形状を求めることに成功したところであったという。マイヤーの示した大腿骨の形状が、自分の求めたクレーンの形状によく似ている上に、骨梁の方向が主応力線の方向に一致する可能性に気がついた彼は、早速、学生に命じて大腿骨と同様な荷重条件のクレーンの主応力線の走行を計算させたそうである。その結果得られた図が図3であり、図2のスケッチの外形や骨梁走行と極めてよく似ている。このことから、マイヤーとカルマンは共同で、骨梁は主応力線の方向を向いているとする説を唱えた。
 一方、ドイツの解剖学者ウォルフは1869年から1892年にかけての一連の研究でこの説を一歩進め、骨梁走行が主応力線の方向と一致するのは骨の適応的な変形の結果であると考え、骨が力学的刺激に応じて適応的に構造を変化させていると主張した。これをウォルフの法則と呼ぶ。
 爾来この法則は、「最少の材料で最大の強度を達成する」など、様々な形で言い表され、骨の力学的適応の代名詞のように使われてきたが、厳密に考えると疑問点も多い(2)。例えば、カルマンの加重条件は大腿骨に加わる加重のたったひとつの条件に過ぎないのに、なぜ得られた主応力線の方向が骨梁と一致するのか。またカルマン・クレーンは均質連続体で得られた結果であり、梁構造を有する実際の骨内の現象となぜ一致するのか。更には、カルマン・クレーンは最適形状になっておらず(曲がりの内側に応力集中を生じる)、またその中に引かれた主応力線も正しくはない。そして150年近くが過ぎた現在でも骨梁が本当に主応力線の方向を向いているのかどうか、直接的な証明はされていないのである。

 このような問題点はあるものの、内部の微小梁が主応力線の方向に配向することで、最少の材料で最大の強度を達成するというアイディアは、多くの工学者を魅了するのに十分であり、また、骨の力学的適応の研究に人を駆り立てる原動力となったと言える。

3. 血管の力学的最適性

 高血圧に曝されると動脈壁は肥厚する(図4)。一方、内径にはほとんど変化がない。この壁厚の増加は生理状態の血圧での円周方向を一定値(300kPa程度)に保つように生じると考えられている(3)。生体内にはホメオスターシスと呼ばれる温度やpHなどの内部環境を一定に保つ働きがあるが、応力などの力学的なパラメータについてもホメオスターシスが成り立つことを示す結果である。ところで、この変化は血管壁内の平滑筋細胞を死滅させると生じないことから、平滑筋細胞が自らに加わる張力を察知して、その値が一定となるように壁を作り変えていると考えられる。このことは図4をよく見ると高血圧による肥厚は内壁側の層に著しいことからも推察される。すなわち、厚肉円筒管の変形を考えると判るように、内圧上昇による応力増加が著しいのは内壁側となるので、その部位の平滑筋が優先的に厚くなったと見ることができる。
 もしも平滑筋が個々に加わる応力を一定に保つように適応しているなら、生理状態の壁内における円周方向応力は半径方向に一様な分布になる筈である。このような応力分布を持つ管が減圧され無負荷状態におかれると、内壁側に圧縮、外壁側に引張の応力が残留することになる。これは実際の血管で起こっているようであり、動脈を輪切りにして、その輪の1カ所を切断すると輪が開くことが多い。図5はこの現象を確かめるとともに、平滑筋収縮の影響を見たものである(4)。平滑筋収縮により開きが大きくなることから、平滑筋が血管壁内の応力分布を制御している可能性が考えられる。すなわち、平滑筋には伸張されると逆に収縮する性質(ベイリス効果)があるが、血圧の一時的な上昇で管径が増加した際にこの自発的収縮が起こると、血圧上昇に伴う内壁側の応力集中を平滑筋収縮が緩和することになる。
 血管は残留応力の存在によって壁内の全ての部位で均等に力を負担するような最適性を満たしているとともに、一時的な血圧変動に際しては、平滑筋の収縮状態を制御することで応力分布のアンバランスを抑え、長期的な血圧の上昇に際しては壁厚を増加させることで対応する知的なパイプと言える。

4. おわりに

 生体の力学的最適性の例を骨と血管を例に取り簡単に述べてきた。ここで述べたのは力学的適応機構のごく一部に過ぎない。興味のある方は、成書(2, 5)を参考にされたい。今後はこのような力学的適応機構をより詳細に明らかにする一方、得られた知見を実際の工学に応用する道を探る必要がある。

文献

[1] Wolff, J.,
Über die innere Architektur der Knochen und ihre Bedeutung für die Frage vom Knochenwachstum, Virchows Archiv 50 (1870), 389-453.

[2] Fung, Y.C.,
Biomechanics: Motion, Flow, Stress, and Growth (1990), 382-394, 499-511, Springer-verlag.

[3] Matsumoto, T., and Hayashi, K.,
Mechanical and Dimensional Adaptation of Rat Aorta to Hypertension, J. Biomech. Engng., 116-8 (1994), 278-283.

[4] 松本健郎ほか,
平滑筋収縮・弛緩によるラット胸大動脈の残留ひずみ変化, 日本機械学会論文集C編63-607 (1997), 853-858.

[5] 林紘三郎, 安達泰治, 宮崎浩,
生体細胞・組織のリモデリングのバイオメカニクス, (2003), コロナ社


平成27年度〜31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)生物の3D形態を構築するロジック

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