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松野グループ

細胞のキラリティが誘発する組織のねじれ|羽鳥僚、松野健治 大阪大学大学院理学研究科 生物科学専攻

「日本数理生物学会ニュースレター73、June 2014」にて発表済み
編集委員会の許可を得て掲示

1. はじめに

 受精卵から個体ができあがる過程は発生と呼ばれる。発生学の研究は、外科的手法による胚の操作や、遺伝子の働きの抑制、亢進などによって誘発される変化を観察することで行われる。次に、得られた観察結果をうまく説明できるモデルや理論が導き出される。この過程は理論的であり、起こる現象を計測することで定量的に議論することもできる。しかし、ここで行われるモデルや理論の構築では、人間の直観に依存する部分が大きい。
 一方、生体や細胞内で起こる現象の網羅的解析とシステムバイオロジーを組み合わせた近年の成果から、発生に必須な遺伝子群の作用において、正・負のフィードバックが時間差で頻繁に働いていることが明らかになってきた。フィードバック制御が多段階で働く発生現象を説明するためのモデルを、限られた時間幅での観察や計測にもとづいて、直観に頼りながら構築するこれまでのやり方は危険である。この問題を解決するための有効な手段の一つは数理モデルである。数理モデルを用いることで、直観の不完全さや、観察や計測の不十分さを補うことができ、数理モデルと現実を照らし合わせることで、数理モデルの背景になっている理論、仮説の妥当性が検討できる。
 ショウジョウバエは、遺伝学、発生学を研究するのに適したモデル動物である。ショウジョウバエの内臓の配置や形態は、ヒトの場合と同様、左右非対称である。左右非対称性が正常に形成されないと様々な発生異常が起こり、ヒトでは、これが疾患につながる。したがって、左右非対称性形成の機構を理解することは、発生学上の重要な課題である。このような左右非対称な形態は、遺伝子によって決められている。筆者らは、ショウジョウバエの内臓が左右非対称になる機構を研究してきた。ショウジョウバエ胚後腸は、発生過程において左右非対称性を最初に示す器官である。胚後腸を作っている上皮細胞の形態を計測すると、細胞形態がキラルであることがわかった。このキラルな細胞形態の意味を直観的に捉えることは困難であったため、キラルな上皮細胞のコンピュータ・モデルを構築して解析した。その結果、細胞のキラリティによって後腸の左右非対称な形態形成を説明できることがわかった。ここでは、数理モデルを用いた発生現象の解析の例として、細胞のキラリティと組織形態の関係について最近の成果を紹介する。

2. 細胞キラリティの発見

細胞キラリティの発見 ショウジョウバエ後腸は単層上皮でできた管と、それを被う内臓筋から構成されている [1]。後腸は、肛門からみて左ネジ方向に90度捻転することで、左右非対称な形態をとる(図1A、B)。筆者らの研究から、この捻転は、後腸上皮細胞の形か並び方が変形することで起こることが示唆されていた。後腸上皮細胞は極性(頂底極性)をもっており、管の内側の細胞膜は頂端側、管の外側が基底側になる。頂端側には、機械的「力」を生み出すアクチン細胞骨格や、細胞間の接着にかかわる因子が集中しており、細胞の変形や並び替えは、頂端側の主導で起こる。そこで、捻転前の後腸上皮細胞の頂端面における細胞と細胞の境界(以下、細胞境界とする)を可視化した(図1C)。この時期の後腸上皮の管は、胚の中心線に沿った単純な円筒構造をとっているため、その前後軸を決めることができる(図1C)。後腸上皮の管の前後軸と、頂端面の細胞境界の間の角度Xを測定した(図1C、D)。野生型においては、角度Xが-90〜0度の範囲に含まれる細胞境界のほうが、0〜90度の範囲に含まれる細胞境界より高い頻度で存在した(図1D)。つまり、捻転前では、後腸上皮細胞の頂端面の形状が左右非対称であった。頂端面の形の左右非対称性に加えて、後腸上皮は頂底極性をもつことから、上皮細胞が示す三次元の形態の左右非対称性はキラル(鏡像がもとの像と重ならない状態)であるといえる。筆者らは、細胞が示すキラルな細胞形態を平面内細胞キラリティと呼ぶことにした。
 一方、筆者らは、Myosin31DF(Myo31DF)突然変異体胚の後腸では捻転の方向が反転することを明らかにしている(図1B)。Myo31DF突然変異体胚の後腸では、平面内細胞キラリティも鏡像化していた(図1D)。この結果は、平面内細胞キラリティが、後腸の一定方向への捻転に重要な機能をはたしていることを示唆している。

3. 平面内細胞キラリティの機能がコンピュータ・シミュレーションから予測できる

平面内細胞キラリティの機能がコンピュータ・シミュレーションから予測できる 筆者らは、平面内細胞キラリティが後腸の捻転に関与していると予測したが、後腸の捻転におけるその役割を直観的に捉えることは困難であった。そこで、キラルな上皮細胞のコンピュータ・モデルを構築して、捻転が誘発できるかどうかを解析した。モデル上皮細胞のシート上に、ランダムな角度分布を持つモデル細胞を敷き詰めた(図2A)。このシミュレーションでは、細胞境界に働く収縮力と細胞張力に対応する機械的「力」のパラメータにより、細胞の形状がコントロールされている(図2B)。モデル後腸上皮において、角度Xが-45°の細胞境界で、収縮力が極大(最大2倍)となる条件では、右利きの平面内細胞キラリティが再現できる(図2B)。逆に、この角度が45°の細胞境界の収縮力を極大(最大2倍)とした条件では、左利きの平面内細胞キラリティが再現できた(図2B)。生体内では、捻転前の後腸上皮に平面内細胞キラリティが観察されるが、捻転後では、頂端面の形状が左右対称に変化した [2]。右利きの平面内細胞キラリティを再現したモデル後腸上皮を左右対称に変化させることで、モデル後腸上皮の管を反時計回り(野生型方向)に90度捻転させることができた(図2C) [2]。また、左利きの平面内細胞キラリティを再現したモデル後腸上皮では、同様のシミュレーションで逆向き捻転を再現できた [2]。この結果は、平面内細胞キラリティによって後腸の捻転を説明できることを示唆している。

4. 終わりに

 最近になって、哺乳類の培養細胞においても細胞キラリティが見つかっている [3]。著者らの研究成果とこれらの知見を合わせると、細胞キラリティは、動物界において普遍的に存在する性質であると考えられる。

参考文献

[1] Hozumi, S. et al.
Head region of unconventional myosin I family members is responsible for the organ-specificity of their roles in left-right polarity in Drosophila.
Dev Dyn 237, 3528-3537, doi:10.1002/dvdy.21583 (2008).

[2] Taniguchi, K. et al.
Chirality in planar cell shape contributes to left-right asymmetric epithelial morphogenesis.
Science 333, 339-341, doi:10.1126/science.1200940 (2011).

[3] Wan, L. Q., Ronaldson, K., Guirguis, M. & Vunjak-Novakovic, G.
Micropatterning of cells reveals chiral morphogenesis.
Stem Cell Res Ther 4, 24, doi:10.1186/scrt172 (2013).


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