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上野グループ

「レンガは語る」

この3D形態形成のホームページをご覧になった方は生物の形態形成=アーキテクチャーというイメージを持たれたのではないでしょうか。私も生物の形づくりと建築というものを比較して考えることがよくあります。子供の頃から建築物には興味があった方だと思いますが、米国にポスドクとして留学してからとくに興味を持ち始めました。きっかけは、間違いなく留学先にあったと思います。

留学先は発生生物学とは直接関係ない内分泌学、つまりホルモンの研究室でしたが、米国、南カリフォルニアのラ・ホーヤ(La Jolla)という街にあるそれは素晴らしい建物(研究棟)で4年間を過ごしたからです。このソーク研究所(正式には「ソーク生物学研究所」)という研究所はポリオワクチンを開発したジョナス・ソーク(Jonas Salk, 1914-1995)博士によって設立され、彼自身の名前を冠せられた研究所で、ソーク博士自身が立地や建築にこだわり抜いて建てた研究所として知られています。太平洋を見下ろす崖の上にそびえ、研究棟は北棟(ノースウィング)、南棟(サウスウィング)の2棟からなり、その間に大理石の広場(コートヤード)が広がります。湧水が一筋の小川となってコートヤードの東端から西の太平洋側に向かって一直線に流れ、その西端で滝となって流れ落ちることで、研究所のシンメトリーを際立たせています。この建築は建築界の巨匠のひとり、ルイス・カーン(Louis Kahn, 1901-1974)によるもので、ソーク博士の「ピカソを招いてもよい研究所を」という依頼に応じて設計したものだと言われています。一見無味乾燥となりがちな打放しコンクリートと、窓を囲む温かみのある木(チーク)という2つの素材を巧妙にまた絶妙なバランスで用いた建物は、直方体の実験スペース棟から張り出すことで静寂性を与えたオフィススペースと幾何学的なレイアウトを構成することで見事な陰翳を生みだします。日が昇り、沈むまでの陰の移ろいにまで美学に裏打ちされた芸術作品としての綿密な計算が感じられる建物です。海に面したブロックにはライブラリー(北)およびカフェテリア(南)、また実験スペース階の間には天井が低い中間の階(パイプスペース)が設けられ、居住者としての研究者の快適性に配慮しつつ、施設としての整備の容易さ、利便性を確保しています。こうした美しい「フォルム」に「機能美」を宿した研究所は、まさに象牙の塔としてカリフォルニアの真っ青な空の下に威風堂々たる姿を示しているのです。

ソーク研究所は生物学や医学研究で著名なばかりでなく建築物として有名であることから、多くの建築家、建築家の卵など多くの見学者が訪れる「聖地」となっているようです。今でこそ、研究所のガイドによる建物のツアーがあるようですが、30年以上前には、平日は見学者が研究者に混じって敷地内に入り込み、建物の写真を自由に撮っていました。セキュリティーがそれほど厳しくない良き時代だったのでしょう。しかし、当時でも夜間や休日となると警備が厳しく、東端、西端は金属製の重厚な扉で閉じられ、建物を眺めるのに最も都合が良いコートヤードにアクセスすることはできません。私は休日の昼はサンドイッチを食べてコートヤードのベンチに寝転がったりして過ごすことが多かったのですが、一瞥して建築物目当ての「聖地巡礼者」と分かる人に扉の外側からカメラを差し出され、中から建物の写真を撮ってくれと頼まれることもありました。扉の中に居れることをちょっとした特権に感じられたことが懐かしく思い出されます。

こうした存在感のある研究所ですから、数々の映画のロケにも使われています。また、ある建築家とその妻、そして一人の富豪のスリリングな一夜を描いた「幸福の条件」(ロバート・レッドフォード、デミ・ムーア主演)では、デミ・ムーアの夫役が大学で行う建築学講義のシーンの中でルイス・カーン自身の言葉を取り上げています。

何かに「かたち」を与える時は、その本性に問いかけねばならない。それがデザインの始まりだ。例えばレンガに「何になりたい?」 と話しかける。「アーチになりたい」 とレンガが言う。

この一節は、建築学を目指す学生への「アイデアに困ったら素材の声に耳を傾けろ」というカーンのメッセージですが、生物の形づくりを研究する私も色々と考えさせられます。建築物同様、その無駄のないフォルムに機能を内包する生物、いや進化の過程でとことん機能を極めた結果、美しいフォルムを獲得した生物の細胞ひとつひとつは、何を記憶し何を考えているのでしょう。個体発生の過程で、確かに細胞は何かになろうとし、その形さえ変え、また運動しています。ときにはひとつで、ときには集団で。レンガ(細胞)は何になりたいのか、何になろうとしているのか?その声に耳を澄ませば、生物の形づくり(3D形態形成)のしくみに少し近づけると信じたいものです。

今年(2016年)「もしも建物が話せたら」というオムニバス・ドキュメンタリー映画が公開されました。建物は何を語っているのか、その声に耳を傾ければ・・・、という映画のようです。ヴィム・ヴェンダースはじめ6人の監督の手によるもので、ソーク研究所のパートは何とロバート・レッドフォードが監督したようです。早速AmazonでDVDを注文し見てみようと思います。

上野直人


平成27年度〜31年度 文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究(研究領域提案型)生物の3D形態を構築するロジック

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